大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和36年(モ)755号 決定 1961年10月13日

申立人 松田常司

右代理人弁護士 奥村文輔

同右 金井塚修

相手方 富士三洋株式会社

右代表者代表取締役 服部実

主文

申立人相手方間の京都地方法務局所属公証人上原角三郎作成第七一一六〇号商取引に関する契約公正証書につき同公証人の付与した執行文に基く強制執行はこれを許さない。

理由

一、申立人の申立の趣旨並びに理由

別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

本件記録によると、京都地方法務局公証人上原角三郎作成第七一一六〇号商取引に関する契約公正証書(以下本件公正証書という)につき昭和三十三年一月三十一日同公証人により申立人に対する強制執行のため相手方に執行文が付与されたことが認められる。

申立人は右公正証書は請求額を確定せず一定金額の支払を目的とする具体的請求に関する証書ではないと主張するのでこの点につき判断する。

本件記録によると、本件公正証書には、その第八条第一項として「債権者が本契約上の債務の決済を求め、その他債務の履行を要求したすべての場合において債務者はその当時の取引実額の如何にかかわらず債権元本に対する損害賠償の予定として金二百万円也を即時債権者に給付することを約する」、第九条として「債務者は前条の給付を遅滞したときは金百円につき一日金五銭也の割合を以て遅延損害金を支払うものとする」と記載している外には、一定の金額又は数量の給付の記載、ないしはその一定の金額又は数量を計算的に算出し得る基礎としての事実の記載を欠くものであることが認められる。

ところで右認定にかかる本件公正証書記載第八条第一項及び第九条の規定するところは、それだけからすると損害賠償額の予定として金二百万円の請求権とこれに対する一定の割合による遅延損害金の請求権とを債権者たる本件相手方が取得する旨の合意が当事者間に成立し一応民事訴訟法第五五九条第三号の要件を具備するもののように見えるけれども、本件記録に徴すると、本件公正証書は第一条を「債務者富士電業株式会社連帯保証人亀川亀次郎、同松田常司(本件申立人)は債権者富士三洋株式会社(本件相手方)に対し債権者の商品電気、電化器具類の掛買、債務者振出、裏書、引受、保証の手形により現在負担し及び将来負担する債務を以下の条項に従い履行することを約し債権者はこれを諾した」、第二条を「本契約による商取引は反復されるものとし、債務者の負担する債務元本額は現在及び将来の債務を合し常に金二百万円也を最高限度とする。ただし債権者から取引の中止又は右極度の減額を通知したときは債務者は異議なくこれに応じなければならない」、第四条を「債務者は各取引に当りその都度手形を振出又は裏書し各支払期日に各債務を相違なく支払うものとする」、第八条第二項を「前項の給付があつたときは、債権者は本契約上の債務が弁済されたものとして処理するものとする」としていることが明白であるから、これら本件公正証書の諸条項と併せ全体的に観察すると、右金二百万円の給付は右第八条第二項によつて本契約上の債務の弁済に充当されたものとして処理され、しかるところ本契約上の債務なるものは右第一、二条ないしは第四条にいうところの債務でいずれも一定の金額又は数量の給付の記載を欠いているのであつて、従つて結局第八条第一項は前後一貫して債権者に常に金二百万円につき確定的に請求権を得させる合意とはなしがたく、ひいて第九条も債権者に確定的な遅延損害金の請求権を得させる合意とはなしがたい。

してみると、本件公正証書は全体として民事訴訟法第五五九条第三号の要件を欠き債務名義となり得ないものと認むべく、従つて本件公正証書に対する執行文の付与は違法であるから、本件申立はその理由あるものとしてこれを認容し主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木辰行)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例